「良い・悪い」「正・邪」「損・得」「優・劣」とか

< 観念 > はね 二極のルールなんだよ


自我っていうやつは これら < 観念 > を基準に行動するんだ

自我が賞賛するのは いつも二極の片側だね


良い 正しい 得する 勝つ 優秀 幸福 美しい・・



それならば 大満足なんだ

もしそれに背くようだったら 

他人はおろか 自分さえも許さない!


< 観念 > はついにボスキャラの << 強迫観念 >> にまで膨張して

自分を追い込むことになる


でもちょっと考えてみよう


この世界にあるものは「すべて相対する二極で1セット」で存在していて

片側だけに寄る振り子がないように

片方の極だけを体験することは 絶対に不可能なんだよ


良いをことを知るには 必ず悪いを体験しなければならないようになっているでしょ?

だから 自我は 最初から不可能なことをやっているってことさ

まぁ 無知っていうか 井の中の蛙っていうか 元々 欠落している考えのかたまりなんだ


つまりね 自我の目的は「幸せ」じゃないんだ!

だってね 自分を裁いたり 自己否定するはずが ないじゃない!


「もし すべての観念がなくなったら 自分は一体何を基準に生きていけば良いんだろう?」

ここでいう自分って言うのは“自我”のことなんだけど


自我の本当の目的は「ルールを守る」こと [君が育てた考えね・・・]

だからルールである < 観念 > をすべて手放すと 自我はもう生きてはいけない

その瞬間に自我を満たす人生は ジ・エンドなのよん


するとね 自我っていう雲がなくなって 本来の青空が顔をのぞかせる

元々雲の上はいつも青空だからさ

本来のあるがままの自分が そこにある

ありのままの自分っていうのは そういうことなんだよ

なにか 都合のいいように勘違いしていないかな? きみも!


                                     ありがとね♪






  
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