Living Sensible | ぷりゅすの休日

Living Sensible

春なのに



最近の政局に ふとファッショっていう言葉が思い浮かんだ

ファッショっていう言葉と共によみがえるのはヒットラー

何となく今の政権が長引くことで厭世観や

閉塞感が高まってしまう

一番怖いのは その事に徐々に慣らされ

日本が更なる不健康な道に進むことを懸念している


ところで このファッショっていう言葉 僕はボンクラだから

なんか軍国化とか戦争に突き進むイメージって 

勝手に思っていたけれど

イタリア語で束ねるっていう意味だ

何とも低レベルな話なんだけど 

ファシズム的な傾向とか運動・支配体質って書いてある

じゃファシズムって何? っていうと

結束主義で

イタリアの国家ファシスト党っていうのが提唱した

思想や運動らしい

経済の不況とか政府の保護主義政策の導入で

シチリアの経済状態が悪化して 労働者や農民が

都市ごと農村ごとにファッショって呼ぶ結社を作って

最終的には同じようなものが結び合わされて

とか大きなになる

つまりファッショは国家側ではなく 国民側が時の国家に対しての

体制なんだ

でもね よくよく調べていくとね 先刻の国家ファシスト党が

クーデターで政権の支配を確立してからは

党独裁体制を打ち立てて 暴力的・専制的 な政治支配が続いた

先の大戦後 日本は どこか国民をも巻き込んだ 波乱含みの大規模な暴動はなくて

どちらかと言うと政治は昔からお上任せで 無関心を装っている

ドイツ型のファシズムナチズムって

日本は戦前もっと前のめりで 軍国主義だった

前にも書いたけど

大企業を向いた政策とかネポティズ(身びいき主義)とか

国防とかインフラばかり提唱しているけれど

肝心のスープラが全く見えていない


国家に基礎を与えるインフラInfrastructure

国家を方向づけるスープラSuprastructure



つまり この国がどんな風になればいいかって言うビジョンが示されないで

自衛隊の存在を憲法に明記しちゃうとか ちぐはぐなんだよね

小泉ジュニアが権力は腐敗するって言っていたけれど

つまり国家側でも国民側でもなく 時の政権に権力が集中すれば

それは腐敗を伴いながら ファシズムに移行して行くって事だ

一強におごって 警戒心を失い

つい高をくくってしまった


僕の敬愛する 逝ってしまった西部 邁氏に言わせたら

そんな政権下で安倍ファッショに浸水した政治家たちを

憤りや軽蔑を込めて ジャップって呼びそうだ!





相撲



巷で騒がれた相撲

相撲は垂仁天皇の聖代に 出雲の野見宿禰のみのすくねと大和の当麻蹴速たいまのけはや

戦って宿禰が蹴速の腰の骨を踏み折って勝ったという故事を

起源とするとういう話になっています


平安時代には宮中行事として相撲節会すまいのせちえが行われ 屈強な男たちが組み打ちを行い

最強の戦士を選抜するという風習がありました

中世以降の相撲は遊行の芸能でした

しばらく興行を打った後 次の土地に移動して行く

立ち去るときに その土地の悪霊を連れ去り

土地を霊的に浄化する


発生的に見たら 格闘技であり 儀礼であり 神事であり

遊行の芸能であり また巨大な体躯を持った異形の男たちが

登場する見世物でもあります


相撲の特性はこの 色々な要素が混じり合って なんだかよくわからない

点にあるのではないかと思います

だからその中のどれか一つの要素が欠けても

それはもう相撲ではなくなってしまう

色々な意見があるけれど もし相撲がスポーツって言うのなら

年に一度くらいの 最強力士を選べばいい

何も6場所 90日もやる事はありません

今でも テレビ局主催の大相撲トーナメントがあるけれど

そこで 最強力士 が決まっても

後の場所は無くても良いって主張する相撲ファンはいないでしょ?


それから 同じ相撲部屋の力士同士は本割では

対戦がありません

それはスポーツという見方からすればフェアとは言い難い

だから 相撲にスポーツとしてのフェアネスのようなものを

求めるのは筋違いだという事です


天覧試合は明らかに相撲節会すまいのせちえの宮中行事の名残りですし

巡業は遊行名残りですし 初っ切りや相撲甚句はどう見てもショーです

始まって2千年たっているけれど 相撲は相変わらず

なんだかよくわからないもの

って言う性格だけは守り抜いています

国技って言う言葉が 昔からずっとやっている なんだかよくわからないもの

って言う意味で使われているのなら私的には

相撲は国技って言う言い方をしても 特に違和感は覚えません

でも 角道なんていうのは どうかなと思います

横綱の品格っていうのも なんだか引っかかる

そういう歴史的に新しい概念を持って来て 相撲のような

長い歴史を持つ複雑怪奇なものを律しようとすることは

あまりしない方がいいんじゃないかって思います

いいじゃないですか

なんでも白黒つけたがらなくたって

なんだかよくわからないもの がいくらかこの世の中にあってもね






コラージュ GQ Japan 内田樹氏





そろそろ始めよう もう一度始めよう



君は自分の暮らしにポリシーを持っているかな?

最近はヨーロッパの人たちのようにな 素朴な生き方が注目を浴びている

決して華美じゃない 物は少なくてもオシャレでセンスよく暮らす

そういった ポリシーが僕ら日本人にも浸透し始めている

かわいい とか 欲しい って言う感情だけで

どんどん買っちゃえば 物が溢れちゃう!

でも ひとつひとつの物を大切にして 

家のテイストに合わないものは買わないとか

そんな考えがあれば 潔く諦めることもできる


ここ10年で ITが急激に進化して便利でスピーディーな社会になったせいか

自分で考えることをしなくなっていると思う

生きるのに大事な 人間力の根源を 何かに吸い取られているみたい

その為に 自分で責任を負う覚悟を失われて

安易な行動をとったり 人が傷つくことを想像できないで

過剰なバッシングをしたり

後先を考えない迷惑な行為が増えてきたとおもう


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向き合うべきは自分の心

人と比べないで 過去に囚われないで まず今を受け止めること

そして 自分で舵を取ることだ

幸せの秤っていうのは自分しかない

これでいいかなって 人に判断をゆだねたら

そこで きみは お終いだ!

自分の現実をコントロールするのは自分

自分を律する強さを 改めて取り戻してほしいもんだ


我慢や 忍耐のないっていう世界は無いんだ

そんな甘い妄想は存在しないって言うことを肝に銘じてほしいな

淡々と 自分で決めた生き方 自分で撰んだものは貫けばいい

自分が楽でいたいがための誰かへの依存心とか

一時の感情で動くのは幼い証拠 稚拙すぎる

偉そうに言えば 人生には必要以上の不幸も 幸せも来ない

起きたことは全て 必要なことだからね





モノサシ



まわりでどんなことが起きているかじゃなく

どんなことが起きていようと自分は幸せだって

いうのが本当の幸せの尺度だ



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べーシックインカム05



ベーシックインカムのもたらす社会的影響を考える時に

ひとつ参考になるのは ヨーロッパ近代における

ランティエ金利生活者の存在です

あまり知られてないことですが ヨーロッパでは17世紀から20世紀の初めまで

250年近く貨幣価値の変動がありませんでした

だから 先祖が住んでいた家に住みありものの家具漆器を使っていれば

遺産の公債や国債の金利だけで一生働かずに暮らすことができました

高等遊民っていうやつです

それなりの教育を受け 教養もあり 小銭と有り余る暇があるのが

ランティエ金利生活者です

その人たちが同世代の新しい芸術運動や学術や冒険の最大の支援者であり

享受者でした

面白い芝居がかかっていると聞けば見に行く

才能ある詩人が登場したと聞けば朗読会を企画する

新しい哲学が出てきたと聞けば夜を徹して論議する

極地探検に行くという話も 暗黒大陸に行くという話も

成層圏で気球でのボツという話も 真っ先に食いつくのはこのランティエ金利生活者たちでした

何しろ暇で 小銭があって 新し物好きなんだから なんでも飛びつく

近代ヨーロッパの文芸と学術を支えたのはこの旦那衆です

ランティエ抜きにヨーロッパの近代の知性の歴史を語ることは出来ません

でも このランティエは第一次世界大戦勃発と同時に消滅します

貨幣価値が一気に下がり 金利で暮らすっていう生活が不可能になったからです

だから 対戦間期のヨーロッパの文学と哲学があれほど暗鬱で

不安と危機の話ばかりしているのは
 
暇で 小銭があって 一生好きなことをして暮らせた好事家たち が

没落して窮迫したり 生活のために安月給の奉仕生活者になったことへの

怒りや悲しみが一因ではないかと考える人もいます


ベーシックインカムについての提案は できれば受給者たちの一部が

それによって21世紀のランティエになってくれることです


お金は生活するギリギリしかないけれど 暇と好奇心と冒険心だけは

売るほどあるっていう人たちが それなりの頭数存在することは

社会を風通し良いものにする上で大変に有効だからです

彼らが社会にもたらすブラスが 制度に依存して無為徒食するだけの

何もしない人たちのもたらすマイナスより少しでも大きければ

それは制度としての成功だって判断しても良いと思います


終わり

 

GQJAPAN 内田樹コラム コラージュ