ベーシックインカムのもたらす社会的影響を考える時に

ひとつ参考になるのは ヨーロッパ近代における

ランティエ金利生活者の存在です

あまり知られてないことですが ヨーロッパでは17世紀から20世紀の初めまで

250年近く貨幣価値の変動がありませんでした

だから 先祖が住んでいた家に住みありものの家具漆器を使っていれば

遺産の公債や国債の金利だけで一生働かずに暮らすことができました

高等遊民っていうやつです

それなりの教育を受け 教養もあり 小銭と有り余る暇があるのが

ランティエ金利生活者です

その人たちが同世代の新しい芸術運動や学術や冒険の最大の支援者であり

享受者でした

面白い芝居がかかっていると聞けば見に行く

才能ある詩人が登場したと聞けば朗読会を企画する

新しい哲学が出てきたと聞けば夜を徹して論議する

極地探検に行くという話も 暗黒大陸に行くという話も

成層圏で気球でのボツという話も 真っ先に食いつくのはこのランティエ金利生活者たちでした

何しろ暇で 小銭があって 新し物好きなんだから なんでも飛びつく

近代ヨーロッパの文芸と学術を支えたのはこの旦那衆です

ランティエ抜きにヨーロッパの近代の知性の歴史を語ることは出来ません

でも このランティエは第一次世界大戦勃発と同時に消滅します

貨幣価値が一気に下がり 金利で暮らすっていう生活が不可能になったからです

だから 対戦間期のヨーロッパの文学と哲学があれほど暗鬱で

不安と危機の話ばかりしているのは
 
暇で 小銭があって 一生好きなことをして暮らせた好事家たち が

没落して窮迫したり 生活のために安月給の奉仕生活者になったことへの

怒りや悲しみが一因ではないかと考える人もいます


ベーシックインカムについての提案は できれば受給者たちの一部が

それによって21世紀のランティエになってくれることです


お金は生活するギリギリしかないけれど 暇と好奇心と冒険心だけは

売るほどあるっていう人たちが それなりの頭数存在することは

社会を風通し良いものにする上で大変に有効だからです

彼らが社会にもたらすブラスが 制度に依存して無為徒食するだけの

何もしない人たちのもたらすマイナスより少しでも大きければ

それは制度としての成功だって判断しても良いと思います


終わり

 

GQJAPAN 内田樹コラム コラージュ




                                     ありがとね♪








社会福祉制度の効果っていうのは その恩恵を被った世代のさらに子供

世代を見ないと その成否はわからないんだ

戦後の高福祉制度はビートールズロンドンファッションを作り出し

サッチャリズムはアンダークラスを作り出した

でも 高福祉制度は財政破綻をもたらして国民の支持を失い

サッチャーの自己責任論は国民的に圧倒的に支持された

多分 今のイギリスにも貧困は自己責任って言い放つ人もいるはずです

日本にもたくさんいます

ベーシックインカムで最低限の生活は保障されます

財源も他を切り詰めればなんとか確保できるでしょう

でも 問題はそのです

働かなくても食っていけるって分かったら 家でカウチポテトでテレビを

見たり ゲームをして一生を棒に振るか その時間 自己教育や創造的な

活動に向けるのか それは確かに自己決済すべき事であって

政府が命令する筋の話ではありません

でも 日本だと〔働かなくて食っていける〕制度を整備したら かなりの数の人は

無為徒食の方向に崩れてゆくでしょう

社会に閉塞感があり 希望がないときには個人もそうなります

個人の生き方は社会の在りようをそもまま映し出します

今の日本は力と金をもつ人々が 自分たちの集団に権力も財貨も集中させようとしている

ネポディズム縁故主義に堕しつつあります

そういう社会では 弱者たちもまた自分が手にした最低限の資源を

誰とも分かち合わないっていう利己的で 未来のない生き方を選ぶでしょう

マーガレットサッチャーとは違って 福祉制度の成否を決定するのは

個人の意思や努力でなく 社会の開放性・流動性だと思います

階層が固定されていて 流動性のない社会では 福祉制度はただの施しにしかならない

施しを受けて 最下層での屈辱的なポジションにとどまることを強いられた

人々の向上心や勤労意欲を求めても無理です

ベーシックインカムが制度として成功するかどうかを決めるのは

合理性ではなく この社会そのものの開放性と流動性と 

そうして 何よりも手触りの暖かさだと思います


つづく






                                     ありがとね♪







オーウェンジョーンズの『チャヴ 弱者を敵視する社会』には

アンダークラス〕誕生の経緯が詳しく書いてあります


サッチャー時代の構造改革で炭鉱労働者はじめ大量の失業者が出ました

でもサッチャーは〔社会などというものは存在しない〕と公言して

社会的な成功も失敗も全ては自己責任であり 敗者が公的な支援を求めるのは不当だって

弱者切り捨て推し進めました

富裕層を優遇し 貧困層に負担増を強いるこのサッチャリズムを

なぜか多くの労働者は指示しました


労働者〔階級〕などというものは存在しない

存在するのは 向上心のある〔良い〕労働者と貧困に甘んじる〔悪い〕労働者だけだという

サッチャーの思想に共鳴する〔向上心のある〕労働者たちが現実に大量に存在したのです

彼らは政府が貧しい労働者たちを切り捨てることを指示しました

サッチャー以後も 保守党・労働党のいずれの政権下でも 

ワーキングクラスの分断は進行し続けました

そうやって切り捨てられた人々が〔アンダークラス〕って呼ばれます

イギリスの福祉制度は戦後すぐから今日まで〔ばらまき〕と〔引き締め〕を無原則に繰り返し

政策的な一貫性が見られません

でも一つだけ確かなことがある それは この政策的ダッジロールの過程で 

生活保護なしでは暮らしていけない最貧民層が差別と排除の対象となり 

社会の底辺に吹き溜まり 閉ざされた集団と化したことです


祖父母の代から3代続いて生活保護受給者というような人たちさえいる

彼らの周囲には就労経験のある人がもういない

だから 勤労者の常識を知りません 朝決まった時間に起きるとか

見苦しくない服装をするとか 人に会ったら挨拶するとか そういう基本的な

ことさえ学習するチャンスがなかった

服装はジャージ 頭はスキンヘッド 全身にタトゥー 朝から酒を飲み

ドラッグをやり 就学せず 10代で子を産んでシングルマザーになる

そういう生活をしている人たちがある地域に集住している

そのような環境で育った子供は社会的上昇の機会はほとんどありません 

でも 徒食働かないで遊び暮らすと怠惰を許さないとして

生活保護を打ち切っても〔実際に保守党のキャメロン首相の時代の生活補償費は

大幅に削減されました〕彼らの就労意欲を活気づけることはできませんでした

〔就労したくても その技能がないのです〕

結局 真っ先に社会福祉予算縮減の犠牲になったのは子供達でした

親達の生活力のない家庭の子供達に給食や託児所でも公的なケアが打ち切られたのです

子供達は社会的訓練の機会を奪われるどころか 餓死のリスクにさえ晒されることになりました


つづく




                                     ありがとね♪








ベーシックインカムっていうのは大量失業っていう危機的局面に対する

対策としては合理的なものだと思います

〔これしかない〕とは思わないけれど〔これも一つの選択肢〕として

吟味する価値はあります

ただ 大きな問題があります

それは〔国に扶養される存在〕というものがもたらすモラハルハザードです

日本でも生活保護受給者は〔福祉のフリーライダー〕だっていう激しい

バッシングがあるこれが なかなかまらないのは

〔公費で扶養されることに慣れて労働する意欲を失った人間〕

っていうのもが確かに存在するからだね

日本の生活保護の不正受給は金額レベルで0.4% 制度上は誤差の範囲に

等しい数値にすぎませんが それにもかかわらず生活保護受給者に対する

攻撃が止まらないのは

〔公費で扶養されることに慣れて労働する意欲を失った人間〕っていうのもに

対する恐怖と嫌悪がそれだけ深いからだと思います

そして 誠に悩ましい事に この恐怖と嫌悪には先例がある事なんです


ビートルズとアンダークラス


イギリス国民は戦後45年の選挙で世界大戦を勝利に導いた保守党のチャーチルを退け

労働党のアトリーに政権を委ねました

そして〔ゆりかごから墓場まで〕と呼ばれた高福祉時代が始まります

この高福祉制度のよって それまでワーキングクラスの子どもたちにとって

無縁だった映画・演劇・音楽・美術・服飾・メディアといった業種への進出

可能になった

ブレディーミカサコさんの〔子供達の階級闘争〕によれば ビートルズを頂点とする

60年代のイギリスの文化的百花繚乱は 高福祉制度によって 労働者階級の子供達が

それまでアクセスできなかった文化領域への進出が可能になったことの

歴史的成果だそうです

これはイギリスの福祉制度の〔サニーサイド〕です

でも 同じ制度は〔ダークサイド〕も生み出した それが〔アンダークラス〕です

イギリスには伝統的にミドルクラスとワーキングクラスっていう階級がある

しかし高福祉制度とサッチャリズムはその下にアンダークラスっていう

〔カースト外〕を作り出してしまった


つづく





                                     ありがとね♪








2017年1月 フィンランドが2000人の失業者に対してベーシックインカム

月560ユーロ〔約74000円〕を支払うっていう国家レベル実験を始めました

全ての人に無条件で一定額を支給するって究極のバラマキ福祉行政で

凄くいい制度の様な気もするけれど 食うために仕事をしなくていいなら

何を生きがいにすればいいんだろうね!

緑のたぬき いや希望の党の代表もそんなこと言っていたけどね


ところで 技術革新っていうのはある種の産業を消滅させます

蒸気機関車の発明で馬車屋や馬具屋は仕事を失いました

エネルギーが石油ベースになれば石炭産業は壊滅的な打撃を受ける

何度も繰り返されたことだけれど 今差し迫っているAIによる

大量失業の発生はそれとは少し事情が違います

予測では AIの導入によって 雇用の30%が消滅するとも言われています

ただ それが極めて広範囲で同時的に起きる!

それだけの労働者をいきなり路頭に迷わせる訳にはいきません

別の職種への転換のために再教育しても それなりの時間はかかるし

その間の生活支援は行政が引き受けるしかない

しなければ社会が大混乱に陥るからです

〔AIに取って代わられるような業種に就職したのは自己責任だ〕って言って

かつての炭鉱労働者とか自動車メーカーの労働者に対してしたような冷酷な切り捨て対策も

これだけの規模になると適応できません

してもいいけれど 生活保護制度が破綻し 消費は冷え込み 株は暴落 政府のガバナンス

〔統治能力〕は低下して 治安は悪化・・・

っていう末期的な展開が確実に予測される以上 いくら強欲なウォール街のビジネスマンと言えども

今度ばかりは〔国が税金を投じても失業者を救うべきだって〕

そうしないとアメリカ経済が終わり 自分たち自身が路頭に迷うかもしれないから って言い出した

まさかアメリカのエコノミストたちがベーシックインカムについて真剣に論議する日が

来るなんて思ってもいませんでした

科学技術の進歩が資本主義経済の基盤を破壊しかねない規模の大量失業を

もたらすとは数年前までは多分誰も想像していなかった


つづく



                                     ありがとね♪